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octobre 26, 2003

コリアン名の英語表記

韓国語を習って、コリアン友達も増えて、韓国にも短期だけれど住んでみて、未だにわからないのがコリアン名のアルファベット表記。  韓国人友達によると、韓国では日本のローマ字や中国のピンイン表記のような規則的な表記の決まりがないんだそうです、不思議。  同じ名まえなのに、アルファベット表記ではぜんぜん違うスペルになっている人がいたり、中国の名前と漢字表記が同じ名前を中国っぽいスペルにしていたり、勝手に英語っぽい(アングロ・サクソンっぽい)名まえに改造(!?)していたり、コリアンの名前の英語表記はとても興味深い。  

現大統領の苗字でもある盧(の)。  日本のローマ字表記ではNoなんだけれど、韓国のある新聞の英語版のページを見てみたら、大統領の名前はRho(ろ)とある。  同じ苗字の私の友人はNhoと表記している。 どちらも同じ名前なんだけど。 でも、なんでRを入れたいんだろう・・・。

作家の柳美里(ゆ・みり、彼女の出版物には「ゆう」とあります)さんの本の名前のアルファベット表記は日本語の「ゆ」と同じでYu。  でも私の友達でソウルからの留学生は同じ苗字でYooと表記している。  その友達は自分で勝手に考えたと言っていた。

韓国の苗字でよくある朴(ぱく)さん一族(?)はよくParkとアルファベット表記している人が多いんだけれど、またもやRの発音の存在しないところにRを入れていて、「何がパークやねん・・・」とつっこみたくなる。  またまたよくある名前の李(い)さんはLeeと書いている人が多い。  北では「り」の発音になると聞いたことがあるけれど、私の知っている韓国人の李さんたちはバリバリ南の人たちなのですが。たまにReeと書く人もいるらしい。

と、このように、ちょっと規則性が無い。  韓国語をちょっぴりかじってしまった私にとっては、韓国語の本当の名まえは何か考えてしまうので、改造が行き過ぎた名まえは韓国名を連想しにくいのでちょっと面倒。

まだ苗字の場合はコリアンの場合バリエーションが少ないので何とかなるのだけれど、ファースト・ネームはどうにもならない。  ハングル表記が想像もつかない、ぜんぜんわからない。  ちょっと人と違った名前にするためなのか、???なスペルの名前の人も結構いる。  簡単な、アメリカ人も発音できる短くシンプルな名前なのに、アルファベット表記に力を入れすぎたために(?)アメリカ人から名前を覚えてもらえない友達もいる。  彼らは、「韓国語の名前は複雑だから・・・」と言っていて(実際複雑な名前も多いのだけれど)、英語の名前を使ったりしている。  「それはあなたの名前のアルファベット表記の中に、発音しない字が入っていて、名前の発音以上に長ったらしいスペルだからだよ・・・」

韓国語は発音の種類が多いので、それも原因のひとつなんだろうけれど、地名のアルファベット表記も統一されていなくて、韓国の新聞を読んでいると統一しなければ・・・とか書いてはあるものの、そんな気配はないみたい。  いまさらって感じなんだろうか。 名前を「政府推薦の、発音により近いアルファベット表記にしなければパスポートは発行しません!」と韓国政府が(日本政府みたいに!)言ったら、かなりのブーイングに違いない。 きっと国民投票とかって騒ぎになるんだわ。  

octobre 25, 2003

民族集会

アメリカに来ている留学生の中には結束の固い民族グループがたくさん。  これは留学の理由や国の教育などにもよるのではないかと思うのだけれど、やっぱりお隣中国・韓国からの留学生の皆さんの結束は固し!

毎週金曜日の午後、うちの学部には中国本土から留学してきている院生が集まって、普通話(北京語)で会議があって、皆さん声が大きいので会話が良く聞こえてくる。  学部外の方もいらっしゃって、いったい何の会議なのかよくわからないけれど(3年間も中国語をとってこれだから悲しい)、うちの学部のメイン・オフィスの一部屋をお使いなので、皆どうしても気になる。 私も入れて欲しいなあ・・・。

このように民族的サポートが厚いグループで集まっている人たちの中には、現地のアメリカ人やその他の外国人との交流が無く、英語やアメリカのコミュニケーションが上手くならないままな方も多い。 学部のオフィスで民族集会中の彼らも、学部の他の学生に「私たち、・・・について毎週集まって話しているのよ~」と教えてくれる人もいないし、笑顔で、「学部のスペース使ってるけど、もうすぐ終わるから、ごめんね!」などと声をかけてくれる人もいない。  ちょっと秘密会議のよう。

先学期はそういう集会が学部の教育教材室で行われていて、そこには講義に使える教科書・資料・ビデオ・DVD などがあって、ビデオやDVDの鑑賞もできるので、アメリカ人院生教師は、その部屋に入りにくくて困っていた。  でも、民族集会を中断させるのも悪いし、雰囲気的にも入りにくいので、誰もクレームをつけた人はいない。  学部内では、「またOO人が集まってて、ビデオがチェックできないわ。資料も見ておきたいのに・・・」みたいな、ネガティブな雰囲気になっていた。  同じ民族や言語グループで集まる時には、気をつけないとこういう風に思われるんだわ・・・と思ったもの。  学部内一人の日本人なので心配は要らないけど・・・。

悪い事をしているわけではないんだけれど、文化が違うのでほかの院生が入っていきにくい雰囲気をかもし出している。  こういう場合、ドアーを開けっ放しにしておいて「どうぞ気軽に入ってください」と言う感じにしておくのがアメリカでは普通。 日本もそうだけれど、そういうことをしない文化から来ていると、ついついドアーって閉めてしまうもの。  ドアーのガラス越しに人が見えたりすると、よほど「部外者進入禁止」でない限り(試験とか)、気を使って笑顔で対応したりするものなんだけれど、それも文化の違いでそういうことしないのが普通だったりする。  私は民族集会はしないんだけれど、ちょっと気をつけないと・・・と思うときがある。  日本では、ドアーは普通閉めているし、笑顔で人に対応しないこともあったりする。 

韓国のお友達が週末にパーティーをするので来てほしいと連絡してきた。  私の友人も一緒に行っておいしいものでも食べようと思っていたら、そのパーティーに呼ばれているもう一人の韓国人学生からメールが舞い込む。  「この集まりは僕が提案したもので、韓国人だけの集まりにしたいので、お願いだから来ないでください」

民族集会ってきっと大切なものなんだろうけれど、ちょっと寂しい。

octobre 24, 2003

味噌汁は沸騰させるべし

日本で育つと、味噌汁は沸騰させ続けてはいけないと思うのが普通。  小学校の家庭科でも、TVのお料理番組でも、味噌汁は沸騰させないって習う。  でもこれが世界の常識ではないのね。  韓国では沸騰させてお料理をするらしく、私の韓国人友達は一緒に何か作っていると、必ずしっかり沸騰させて、させて、させて、させまくっている。

初めて沸騰させているところを目撃したときには、「私がうっかりしてたから」と自分を責めてみた。  次に沸騰味噌汁に遭遇した際には、きっと韓国からの留学生だから、私たち日本からの留学生とは違って「かなり上層階級のご子息・ご令嬢なのだわ。 韓国ではお料理なんてした事ないんだわっ!」と社会階級理論に持っていってみる。  沸騰味噌汁発見三回目くらいになると、本やインターネットで韓国の味噌料理を検索してみて、韓国料理ではテンジャンを沸騰させると言うことを学ぶ。

先入観だけで物事を考え続けてはいけないことを学ぶ。

octobre 15, 2003

常識・非常識 

海外に住んでいると日本で常識だと信じていた事が通用しない。  だんだん日本的な感覚での「非常識」になれてきて、「何でもありよね」な気分になれてくる。  ちょっとやそっとのことでは驚いたりしなくなっている自分に、「今度日本に帰ったとき、私、本当に大丈夫?」、「まだまだ大丈夫、今驚かなかったのは気をつけていたから」と、時々自問自答し、自分の現在の「日本での非常識度」をチェックしてみたりする。

もともと「日本の常識人間」ではなかったので、自分なりに、かなり私の日本の非常識人間度は高いほうだと思っているのだけれど、そんな海外生活足掛け8年な私にも、他国からの留学生の行動にはまだ驚かされ続けている。  ここアメリカには、日本で米英語・文化・社会・歴史をある程度学んでから来ているし、好きでこの国を選んで留学生活を送っているので、アメリカ人の「日本では非常識だけど、アメリカではOK」な行動には慣れてしまっている。  それに、私の生活範囲は大学院やその周辺。 友達は院生中心。  そんなに非常識な人にであうことは少ない。

そう、本題はそんな非常識な私が驚かされ続けている、日本でもない、アメリカでもない国々からの留学生達の行動。

その1: 無免許運転BY とある国の超エリート私立校大学院からの留学生(ちなみに博士課程)

その子は本国では車の運転をしたこと無くて、こちらに来てから運転免許の実技試験に落ちまくっていた。  「2~3回でもプライベートレッスンを受ければすぐ合格するよ」と、私は教えてあげていたのだけれど。  お金を払ってまでレッスンは受けたくなかったみたい・・。

そんな、こんなで新学期が始まってしまって、お嬢様な彼女は学校まで歩いたり、バスに乗ったりしたくなかったのか、ある日、車で学校に来ていた。    アメリカでは仮免から、「免許のある人と同伴」が条件で、道路で車を運転できるので、彼女は車の免許が無いときから車を買って持っていたのだけれど、私はてっきり、「やっと運転免許を取ったのね」とおもっていた。

私と彼女のアパートは1ブロック違いのご近所さん同士。  彼女が私のアパートまで送ってくれると言うので、車に乗る。  車は走り出す。  ・・・と彼女がポツリ、「実はこの間も運転実技の試験に落ちちゃって・・・。試験管が本当に意地悪で・・・」と話し始める。  無免許運転じゃん・・・。  私の背中は凍りついた。

その2: 身分証明書偽造使用の依頼 BY とある国のエリート大学院からの留学生で、当時もうすぐ博士号取得の先輩(ちなみに今はとある州立大学の助教授)

その先輩とはオフィスメイトだったのだけれど、私のオフィス使用が気に入らなかったらしく、「オフィスにいない時間を決めてくれ」といわれたときから、気に入らない奴だとは思っていた。  共用オフィスだから、私にもあなたと同じようにオフィスを使う権利があるのよ~、とは面と向かって言わなかったけれど。 彼と同じ国からの留学生たちからも性格的に嫌われている人だということを聞いていたので、まあ納得していた。  問題の起こることなく、次の年には彼とのオフィスの割り当てが変わることを願いながら、日々を過ごしていた。 

新学期が始まる直前その先輩が「大学のバスカードはもう買ったのか」と聞いてくる。  その学期はバスカードを買うつもりは無いことを彼に告げると、バスカード代を払うから彼の奥さん(社会人)に使わせてくれと頼まれた。  大学のバスカードは、私の名前や学籍番号だけでなく顔写真もついている立派な(?)身分証明書。  そう、先輩は私に身分証明書偽造・使用を頼んできたのだ!  

「私、証明書偽造の犯罪をこんなに気軽に頼む人と同じオフィス?  私の身の安全は大丈夫?  こんな人がアメリカでは博士号とってるの!?」と私の中で驚きと不安があふれ出す。  と同時に「何でそんな犯罪をただで頼むよ!  手数料くらい払うとか言えよ~!」と至らない突っ込みも頭に浮かぶ。

彼が証明書偽造使用依頼の言葉を発してから3秒くらい、そんなこんなが頭に浮かび、「うまく断らなくては、強制送還もありな外国人犯罪」とか考えながら、先輩には「私、もしかしたら今学期バスカード買うかもしれないし、奥さんにカードを使わせてあげることが認められた行為なのか関係者の人たちに聞いて見ます」と言って、難を逃れた。

その後彼がほかのアジア人女性に同じ事を頼んで犯罪行為に及んだのかは知らないけれど、彼は博士号を取得し、米国内のとある州立大学の助教授をしている。

政治的に不安定な国からきているエリート留学生の中には、体制の築き上げた法律・規則に安に従わず、自分にとって今何が必要なのかを優先する習慣がついているのではないか、と言う分析で、今の所このような非常識との遭遇を乗り越えている。

octobre 09, 2003

バスで

ニューヨークに行ったときにホームレスの人たちにたくさん遭遇したのだけれど、ポケットの無い服を着ていたり、小銭が無かったりと、寄付することなくミネアポリスに帰ってきたのでちょっと心残りというか、それからしばらくも自分の行動を後悔していた。  他の先進国と違って、アメリカには「生活保護」という社会保障制度がすべての人への権利ではない。  私たちみたいな人間が小銭を寄付してあげないとホームレスの方たちはその日ご飯が食べられないかもしれない。

だから、ミネアポリスに帰ってきて空港から帰りのバスに乗ったときに、お酒の臭いのぷんぷんする貧しそうなおじいさん(でもちゃんと彼女連れ!)に「バスの乗り継ぎカードあまってない?」と聞かれたときには「待ってました!」とは叫ばなかったけれど、もう使わないカードを差し出した。  私はミネソタ大学生・院生の特権(?)らしい、1枚50ドルで学期中バス乗り放題のパスを購入していたので、カードはそのおじいさんにあげてもぜんぜんOKだったから。

おじいさんはカードの金額を見て、「こんなにも、ありがとう」と何度もお礼を言っただけでなく、私の手の甲にキッスしようとするので、「ちょっとまったぁ~!」と心の中で大声で叫びながらも、声には出さず、さりげなく、でも懸命に手を引っ込めようとがんばった。  ほかのバスに乗っている人たちも、「驚き + 笑顔 = なんともいえない表情」になっていた。  おじいさんはちょっと寂しそう(?)な顔になって、「僕にはここにハニーがいるから、彼女だけが僕の愛なんだよ~」と彼女を指していっていたので、笑顔を返してあげといた。

それで終わりじゃないの。  そのおじいさんはどうしても私に感謝の意を表したかったらしく、買い物袋から買ったばかりっぽいデオドラントを差し出して受け取れという。  もちろんもらわなかったけれど、デオドラントでお礼って言うのがちょっと想像つかなかったからおかしい。

おじいさん、その後私のバスカードでバスに乗ってくれたかな。

octobre 08, 2003

無意識な差別

差別は「差別して意地悪してやろう!」という意識的なものより、「私は差別するような人間ではない。人種平等、男女平等大賛成。」と思っている人が無意識に差別をしていることのほうが多いのではないかと思う。  私は大学内で一日を過ごし、大学から徒歩距離の大学生・院生の多く住んでいるところで生活しているので、あからさまな差別に遭遇することは少ないのだけれど、無意識差別だな~っと感じることはたまにある。

高級カリブ・レストランに連れて行かれたときのこと。  ここでは、「メキシコ人移民(アメリカでは安い労働力)が働いてるカリブもどきなレストランに、超ミネソタなメニュー・味付けの料理が堂々と並ぶお店がどうして高級レストラン?」という私の抱いた基本的は不満と疑問については触れない。  けれど、ここではかなり無視されたので、私としてはもう絶対行かないお店のリストの上位に入れている。  見るからに白人でぽっちゃり型のいかにもミネソタ人な友達にバスボーイもウエイターも話しかける。  私には飲み物もその他のオーダーも聞いてくれない。  一緒に行ったのは同世代の女友達なのに、小さな子供が親とレストランに食事に行き、親がすべて決めてオーダーするときみたいな感じだった。  悲しいのは、そのバスボーイもウエイターもメキシコ系移民な事。  どうして、私と同じようにアメリカ社会で人種差別を受けたことがあるであろう彼らが私を無視するのか。  二人は無意識に私を無視していたに違いない。

差別するのはアメリカ人やアメリカに住む労働者移民だけではない。  韓国人友達が、韓国人の有色人種差別を教えてくれた。  アフリカ系の人たちへの差別的な言葉。   うちの学部に最近来た韓国人学生の一人も、来てすぐのころ、「黒人がいっぱいいる」「社会学部には黒人が多い(実は少数派です・・・)」と何度も私に言ってきた。  友達になったり、話をしたり、彼らから社会学的なことを学ぼうとしたり、ということは無いみたい。  それから、ベトナム系の人たちへの蔑視も。  ロドニー・キングJr.事件から始まったLAの暴動、ヴェトナム戦争への韓国軍派兵と、歴史的な出来事が関係しているとはいえ、人の肌の色や出身での差別は許されることではない。  同じ韓国内でも地方や移民歴によって差別はまだあるという。  その友達は留学に際して、アメリカ人はもちろん、隣の国の日本人とも付き合ったり結婚したりすることの無いように厳しく言われているらしい。  そして、同じ韓国人でも在日韓国人や済州島の出身の韓国人とは結婚してはいけないといわれているという。  きっと私の友達の両親は自分達を人種差別主義者とは言わないと思う。  自分の子供の幸せを思えばこそ、といいそうな感じ。  そういう親は日本人にも外国人にもたくさんいそうだ・・・。 

旅行で短期滞在している日本人や、こちらに来たばかりの日本人の言葉にも、差別的な表現を見つけて驚くことがある。  日本人の多くは自分達が有色人種だという意識がない。  日本から出れば、自分達は外国人で、この肌の色や言葉のアクセントで私たちを毛嫌いする人たちがいるということを知らずにアメリカに来る人が多い。  ある友達の親戚の方は、道行く車を見ながら、「運転が下手なのは大概クロンボだ」と言ってのけたという。  彼はきっと、ちび黒サンボ論争なんて知りもしないのだろうけど、おいおい、である。  アメリカでも、こんな白人大多数のミネソタ州で、運転の下手な人の人種的な確率は白人が高いに決まっているのに。  私の日本人研究者の知り合いも、どういうわけかアフリカ系の人のことを話すときだけ「あの黒人が」「この黒人が」で始まる。  何度も話す人なのに、名前・国籍・職種・性格での説明は無い。  何年かこちらに住んでいる友達は、初めてアメリカに来たときに見るだけで黒人が怖かったといっていた。

無意識だから怖い。

octobre 07, 2003

不況の影響

アメリカは現在不況の真っ只中。  院生になってからのここ4年で、アメリカの好景気から不況への転換を経験してみて、日本との違いに驚かされること度々。  日本では90年代初めから続く不況の影響は、徐々に私たちの生活に影響し始めて、90年代の後半から社会保障や解雇・フリーターの増加などが社会問題としてメディアに多く取り上げられるようになったように感じているのだけれど、アメリカでは不況の影響が一気に庶民の生活に押し寄せるといった感じ。  ここでは最近特に不況による変化らしきことが激しく起こっていて、私たち院生の普段の生活への影響も大きい。  この間まで好景気だったのに、変化はめまぐるしい。

まず、基本的な医療費の増加。  大学では院生の保険では学内の病院での検診は無料だったのが1回10ドルに。  そこの薬局で処方してもらう薬は、種類によっても違うんだけれど、今まで10ドルだったものが25ドルになっている。

次に、院生の授業のアシスタントや講師の仕事で受け持つ学生数の増加。  大学も経費節減で一人の教師が受け持つ学生数を増やし始めている。  不況で解雇された人の中には大学や大学院に戻ってくる人もいるので、全体的な学生数は不況時には増えるのではないかと思う。  でも、企業からの寄付や税金からの収入が減少するので、大学としてはなるべく一人の教師に多くの学生を教えてもらうほうが節約になるから。  私たち院生の仕事は増える。  疲れる。

その他、ここ数年の好景気の影響からか物価も上がっているのに、院生に支給されるアシスタント料はあまり増えていない・・・。

octobre 06, 2003

韓男女相互期待のジェンダー・ギャップ

ジェンダー・ギャップという言葉は普通、男女間の収入の格差などの問題を話すときに社会学者やフェミニスト研究家が使う言葉。  この週末に、収入の格差とはちょっと違った韓国男女間の格差を発見したのでご紹介。

それは男女相互期待に対する誤解度。  勝手に、「韓男女相互期待のジェンダー・ギャップ」と名づけてここでお話したい。

韓国でも、アメリカでも、私の韓国人の男友達は皆声をそろえて「韓国の女の子は化粧が濃すぎる!」と文句が止まらない。  「化粧」ではなく「仮面」の域に達している、と言ってのけた友達もいる。  「化粧してなくてかわいい韓国人の女の子を見つけたらすぐに紹介してよ!」と、現在、数名の韓国人男友達から頼まれている。  すっぴんで本当にかわいくきれいな女性とつきあいたい、というのが韓国男子君たちの本音のよう。

じゃあ、韓国の女の子はどうなのか。  週末に韓国人の女友達が2人うちに来て、「かっこいい男の子について」の講義をしてくれた。  2人は、「大学のプールに午後7時ごろ現れる白人大学生達がなかなかいい感じ!」と、かなりの盛り上がりよう。  「男は見かけが肝心」、「やっぱりかっこよくないと駄目」、と韓国男児とはきっと顔も体格もぜんぜん違うだろう「Mr.大学のプールに7時」の白人アメリカ人大学生にお熱。

そして2人は、「韓国の男は化粧の厚い女がいいって言うから駄目」と、口をそろえる。  それって、私の韓国人男友達の女の趣味と正反対。  「でも私の韓国人の男友達はみんな、化粧っけのない女の子を捜しているよ」と私が言うと、「それは嘘、韓国人男は皆化粧をしっかりした、見かけの良いきれいな女がいいのよ」と譲らない。

お互いに、期待している事と相手が期待していると思っている事が逆だよね・・・。

octobre 05, 2003

ヘイ!から始まる生徒からのEメール

今学期私は同じ社会学部の先輩院生の授業のアシスタントをしているんだけれど、最近生徒から面白いメールが舞い込んできたのでちょっと紹介。 

hey. i'm (student’s name) and i'm in your sociology of the family course. I had to miss class on thursday to take my boyfriend, who i live with, to the ER. I have a note from his doctor if you want to see it, if it matters.... anyways, i guess i'm just emailing to see if i missed any important announcements in class or anything. i can get notes from someone, but if there were some big points maybe either of you wanted to go over with me from the lecture, that would be great. when are your office hours again? I suppose this would be the best time to do that, huh? let me know and have a good weekend,

訳してみると・・・、

ねえ、私は (生徒の名前) といって家族社会学の授業にいます。  木曜に、一緒に住んでるボーイフレンドを緊急処置室に連れて行かなくちゃいけなかったから授業を休まなければいけなかったんです。  彼の医者からのメモ(診断書)は持ってます、 もしそれが重要なら・・・。  とにかく、ちょっとメールしてみました、 もし授業で大切なお知らせなんかを逃したんじゃないかと思って、でももし講義から重要な点なんかを私と一緒に復習したいんだったら、嬉しいです。  いつがオフィス・アワーだった?  これ(オフィス・アワーのことらしい・・・)が一番良い時間でしょう、ね?  知らせてください、良い週末を、

今学期は、先輩院生の授業のアシスタントなので、最終的な諸問題の決定権は先輩院生の彼女にあるので、私はどう返信しようか悩まなくてもいい。  アメリカ人のその先輩はこの生徒に、「彼のことは大変だったわね。もう病状は回復したの?お大事に・・・」から始まって、授業の内容やお知らせをまとめて返信していた。  授業後の授業内容の公開は正式な証明書(病院の診断書など)の提示と確認の後に、という授業の規定はどこへやら・・・。やさしい先生だ。

個人的には、先生へのメッセージなんだから、文章の頭文字はちゃんと小学校で習ったように大文字にして、「お願いします」とか、「ありがとう」なんて言葉もどこかに入れてくれたら嬉しいな・・・。  診断書も、「もし重要なら提出してあげてもいいけど」ってな感じじゃなくって、彼の診断書と同棲を証明するもの(ここは住民票が無いので、運転免許の住所のコピーとか)のコピーを提出しますって書いてくれないかな・・・。  オフィス・アワーも授業のシラバス(講義要目)の一番初めのページにあるんだけどな・・・。

もう何年もこちらの大学と大学院で勉強しているけれど、とても仲良くさせてもらっている教授や大学院友達からも「Hey」で始まって「Huh?」で終わる個人的なメールをもらったことは、まだ無い。 

octobre 02, 2003

和製英語、韓製英語

英語を学ぶときに私たち日本人が苦労することのひとつに和製英単語と本当の英単語の違いがある。  これは英語だから同じように使えば大丈夫と思って大きな間違いを言ってしまったり、単語辞退は同じでも発音がまるきり違ったり。  韓国語のなかの英単語にもそういうのが結構あって面白い。

日本語で「テストでカンニングをする」のカンニングは米英語では、チーリング。  「レパートリーが豊富」のレパートリーは、レぺトー。  フライド・ポテトは、フレンチ・フライ。  シャープ・ペンシルは、マキャニコー・ペンソー。  ディープ・キスは、フレンチ・キッス。  シャーペンとディープ・キスは韓国でも同じなので、和製英語が韓国入りしてしまったらしい。  多分シャーペンは日本企業が商売を兼ねて意図的に。  ディープ・キスは、韓国政府の厳しい(?)日本大衆文化規制を軽々乗り越え、韓国人翻訳家がそのまま和製英語を取り入れて韓国に輸入されたに違いない。  韓国の英語学習者も私たち日本人と同じように、和製・韓製英語に悩まされている。

この間クレープを食べに行ってとてもおいしかったという話を韓国人友達にしたら、クレープという単語が通じない・・・。 私たちは英語で話すのだけれど、その友達はまだ英語がそんなにうまくないので、時々私が韓国語の単語を交えて会話が成り立ったりする。  私の英語のクレープという発音は完璧なアメリカ発音。  もしかして、韓国にはフランス語の発音が入って根付いているのかも・・・。  クレープって韓国にないのかも・・・。  そんな考えが頭をよぎった。

「フランスの薄いパンケーキみたいなので、クリームとか入ってて、おいしくて・・・」と、彼女にがんばって説明してみる。  クレープのスペルも言ってみる。  すると、「ああ!わかった!!“クレーッペッ” でしょう!?」

韓国ではクレープは「クレーッペッ」らしい。 フランス語発音なのか!?  フランス人友達に早速聞いてみることにする。

octobre 01, 2003

韓国の・・・アメリカの・・・・

韓国で英語を教えていた時の事。  生徒達に英語で「何歳?」と質問すると、答えてくれるまでに必ず間があり、その「間」は英語のレベルや生徒の年齢を超えて必ず一瞬訪れる。  最初はちょっと不思議だったのだけれど、生徒達が普段「数え歳」を使っていて、英語では年齢が異なるのでちょっと戸惑って頭の中で計算していたりするらしいことを知った。  そういえば、子供のころお年寄りに「おばあちゃん、何歳?」と聞くと「満でOO歳、数えではOO歳」という人がいたようなことを思い出した。  韓国って未だに旧暦、旧式なんだ~、と一瞬感動したけど、韓国人にとっては旧式ではないのよね・・・。  だって今もそういう文化なんだから。

年齢を尋ねると、私のかわいい生徒達は「先生、韓国の年齢ですか?アメリカの年齢ですか?」と聞いてくることも。 そう、子供たちにとっては「数えの歳」は韓国の年齢。  いわゆる「満の歳」はアメリカの年齢と区別しているようだった。  「アメリカの歳」って・・・、日本でも欧州でもおんなじじゃん。  ・・・という突っ込みは自分の生徒には入れなかったけど、新・旧で西洋化を新しいものとして自分の中に取り入れた日本と、現在も「韓国の・・・」「アメリカの・・・」と子供たちが言っている韓国との違いを考えさせられる経験。  文化の違いって面白い。

アメリカで会った韓国人友達との会話にも、日本や欧米での習慣について「アメリカの・・・」というのが出てきて面白かったのは苗字について。  韓国では結婚したからといって、女性が苗字を結婚相手の男性のものにすることは無く、男性が女性の苗字を名乗る習慣も無い。  伝統的、夫婦別姓。  私の韓国人友達は英語を習うときに、アメリカでは普通結婚すると女性が男性の苗字に改めることが多い、と習ったらしく夫婦別姓は「アジアの伝統」、別姓は「アメリカの習慣」と信じていたらしい。  日本も西洋化の前は一般の人々には苗字は無かったのだし、上層階級の女性は結婚したからといって苗字を変えないことのほうが普通だったと聞く。  そして、お隣中国も別姓だし、納得。

私が漢字で家族の名前を書いて、両親ともに同じ苗字だと言った時には、その韓国人友達は目が点状態。  「ご両親が結婚したときに、アメリカ式にしたの!?」っと驚いていた。

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