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janvier 31, 2005

信頼

信頼を研究するのが結構流行っているそう。 私たちの日本市民社会研究のディスカッションも信頼を取り入れることになり、先生たちといろいろ話す。

人をどう信頼するのか、いつ信頼し始めるのか、その信頼はどのように続くのか・・・個人によっても違うけれど、日米文化の傾向にも違いが見られると言う話。 あまりに具体的な例が身近に起こっていたので、そうそうそう~!と思いながらやっぱりそうだったのか~と納得する。

*この年の8月にアメリカ社会学会(ASA)とアジア国際関係のハーバード・プロジェクトの学会(HPAIR)で、日米社会学の信頼研究で権威の山岸先生にお会いできて、感激!ASAでは先生に質問してしまった!お優しい感じの方でした~。

(以下、長い話で尚且つ最後の最後まで読まないと落ちがわかりませんので、お時間のある方のみ読んでください!)

なにって、この間の月曜だったか火曜だったか。 日本人、日系人、日本を学ぶアメリカ人の5人で集まっていたら、私のとあるアメリカ人友達(彼氏募集中数年目)の話に。 そこにいた男の子たちが、彼氏を探しているのなら彼女に会いたい!となり、私の携帯で彼女に電話。

完全にニッポン・モードだった私たち。 ちょっとからかって来てもらおうと、「千佳が酔って一人で帰れないから、ここに迎えに来て!」と携帯で言う私の日系人友達。 私はお酒を飲まないので、長年私の友人であるそのアメリカ人友達にはジョークだとわかりきっているはず。 その「あまりにありえない説明」に私、かなり受けて「ヒッヒヒ~、ハハハッ」と笑いが止まらない。

日本人や日本文化を知る人の場合(多分そうじゃなくても)、「これ冗談でしょ?」とか「本当なの?大丈夫?」とか一言あるか、かなりまじめな人の場合は心配してその場にすぐ現れるか、警察か救急車に即効TELだとおもう。 でもそのアメリカ人友達、そんなことなくブチ切れた! 私がただただ彼女を中傷するために友達に電話させたのだと思ったらしい。

私の友達に電話で怒鳴り、私にもわざわざ電話をかけ直して怒鳴る。 私たちは平謝りで100回くらい誤るけど、怒ったままで話を聞いてくれない。 だから呼び出し失敗で彼女はその夜来なかった・・・。 翌日も彼女は私に聞こえる大きな声で、私がどんなにビッチでシットな出来事だったのかと言うのを電話で誰かに怒って話していた・・・。 こっこわい・・・。 本当に怒っていたんだなあ。 ちなみに、長年の友達にビッチと言われたのは生まれて初めて。

この出来事がどう日米の信頼文化の違いにかかわるかと言うと、日本では何年も友達で信頼関係が築かれている場合、それも大人の場合は、これくらいのことではビッチ発言にまでは発展しないのではないか、と思うの。 まあ、ちょっとむっとしても理由を聞いて納得するはず。 だって友達なんだもの。 前に男だって紹介してあげたんだし、このコールだって元はと言えば、また紹介してあげられるかもと言う好意から。 日本人だったら、「そうだったの~。ありがとう」ともなる可能性のあるシチュエーションである。

でも、彼女はアメリカ人。 信頼関係は一度築き上げられたからって、日本の大人のようには続く保証はない。 信頼していたと思った人にも、どんどん信頼は壊される可能性の大きいものなのかも。 まあ、日本でも信頼関係は一生ものじゃないかもしれないけど、何の利害関係もない友達だったら、ただ夜いきなり電話して笑って終わりってことは絶対無い。 そんなの、小学生のいじめじゃん・・・。

かなり悪かったな~と思っていた私は、ビッチとも言われたし、もう友達関係解消されるだろうなあと思っていた。 日本語でビッチはどういうの知らないが、そんなに悪い言葉は交友関係のある大人が面と向かって言ったりしてはいけないのだ。 まあ、私の男の子の友達もそのまた友達も、怖かったので、その切れた友達とは付き合うどころか、友達にもならないだろう。 やっぱり、きつい感じの人なんだ、冗談わからないタイプなんだ・・・。 私と絶交なのだから、彼氏探しに私の友達ネットワークを使えなくても別にいいのよね・・・。 

そう思っていたら、数日後彼女も言い過ぎたと思ったのか、ターキー(七面鳥)スープを作ったから食べないかと誘ってきたので驚く。

日本では信頼関係を一度損ねてしまうと再び築きあげるのは大変だけど、アメリカでは信頼関係は崩れやすく、でも再構築しやすいらしい・・・。

janvier 29, 2005

続 サーシャ

サーシャの飼い主だった友達と夕食の金曜日。 やっと心の喪が明けたようで、サーシャがいなくなったことをすっかり私は忘れていたくらいだった。 彼女が食事中に「サーシャがいなくてさびしいわ~」と言ったので、思い出した。

彼女は、私が日本人だと言うだけで、輪廻転生を信じて生きている仏教徒だと思っているらしく、いろいろと、たとえばいつサーシャが生まれ変わって彼女のところに現れるかなど、まじめに訊かれる。 しらね~!

でも、ここでやさしく慰めてあげなければいけないのだ、友達として。 とっさに、気づいてみれば「もうきっとどこかで生まれているわよ!」なんていっていた自分を尊敬する、大人になったなあ~。 冗談は置いておいて、やっぱり自分が長年かってきた猫だもの、信じられなくてもそういう感じで言ってほしいのだから、そういったら彼女は本当に落ち着いて幸せそうな顔になった。

それもあって、ギリシャ料理もおいしかったし、帰って仕事をする気にもなったし、サーシャがいなくなってさびしいけれど、いい金曜のディナーだった。

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janvier 07, 2005

サーシャ

ホームページを始めてからずっと書いてきた「アメリカ人友達の飼い猫で重病サーシャ」がもうこの世にはいなくなってしまったそう。 飼い主である友達から、年末年始連絡がなかったので、普段、人に電話しない私が携帯を鳴らしたら、そういうことだったのだ。

飼い主の説明はちょっと分かり辛く、それが私の英語力のなさというより彼女の動揺からきている気がして本当にかわいそうだった。  彼女は、「(サーシャに)血の塊ができちゃって、だめって言っても大好きなジャンプをしちゃうから、しょうがなく・・・」といって説明してくれた。 どうして腎臓病から心臓病になって、血の塊とジャンプになるのか、いまいち理解できない私だったが、サーシャが死んでしまったのは事実だし、彼女は悲しんでいるのだ。 最後には安楽死させたのだそうだ。

いつ行っても本当に元気で普通の猫という感じしかしなかったサーシャだけど、いないと思うとさびしいなあ。

janvier 05, 2005

いつの間に新年! 

ここミネアポリスでは、新年のカウントダウンもないし、お正月はクリスマスに比べてイベントとは言えないただの1日休日。 日本の年末年始は忙しいけれど、いろいろな人と会うし、季節の食べ物はコンビニのお弁当でさえも絶品、テレビも楽しい。 TVのコマーシャルでさえも面白い。 

日本って住んでいたときには、いろいろ細かいことにうるさく、生き難い社会だなあと子供ながら(?)に思っていた。 けれど、きっとそういう細かいところに気を使いすぎる文化だからこそ、安全でおいしい食べ物が手軽に食べられて(そして見かけもとってもきれいだ!)、楽しくためになるテレビ番組だけでなくコマーシャルまでもいい感じなのだろう。

まあ、きっと日本に永住帰国したとたん、アメリカはよかった!とか言い出しそうな私だけど!

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